AMBIVALENCE

2020/05/12 09:00



 今日の朝は、生まれてから何千回目の朝なのだろう?
外の空気も、風の冷たさも、今日の空の青さも知らないまま、私はこの部屋で生かされている。

 そう、生かされているのだ。自ら生きているという実感はまるで無い。
無機質なカプセルハウスの壁も、透明で光だけは入ってくるのに、角度的に空が一切見えない窓も、機能的といえば聞こえの良い、彩りの無いこの部屋も…全てが私を生かすためだけに存在している。

 この世界では、私は番号でしか識別されない。与えられた名前は142857−220。もはや、名前と呼んで良いのかさえもわからない。

 この、無味乾燥な世界の中で、私は優しくない記憶を抱きしめて眠る。遥か遠い遠い昔の記憶。そう、前世の記憶—。
 あの人に比べて、私には比較的多くの記憶が引き継がれて生まれ変わるようだ。今回の転生は6回目…おはよう、7度目の世界。

 どうやら、どれだけの輪廻転生を繰り返しても、私達は決して結ばれないようになっているみたい。理由はわからない。ただ、必ず出会い、引き裂かれ、絶望の果てに、また次の転生に入る。それに抗う術は、知らない。

 もちろん、精一杯、運命に抵抗しようとしたときもある。でも、どうしてもダメなのだ。
 私の記憶の中の前世に、ハッピーエンドは存在しない。まるで、未来永劫いつまでも結ばれないカルマを背負ってしまったかのようだ。
 そして、新しい時代では、必ずあの人は記憶を失っていて、私はその多くを覚えている。

 だから出会った時にはたくさんの話をするのだ。あの時代のあなたはこうでしたよ。そのときはこんなことを言ってくれたんですよ、と。
 それでおぼろげに思い出してくれることもある。まったく記憶が戻らないこともある。
 それでも、私にはその刹那、幸せな想いに浸ることが出来るのだ。だってあの人が隣にいるから。
 その後、必ずあの人と引き裂かれると、わかっているにも関わらず…

 私は、この無表情で自由な檻に暮らし、追憶の中に生きている。名前の付けようの無い歪な想いや、断片的だけど鮮烈な大量の記憶と共に、なんとか生きているのだ。
 思い出したくないこと、思い出せないこと、思い出してしまうこと。それらは今の私が、明日の私であるために必要なことなのだ。
 だから忘れられない。
 例え忘れてしまったとしても、なかったことにはならないのだから。

 真っ白で美しい、アルビノの烏が、窓辺に飛来したのは9月へと暦が変わる少し前の頃だった。

 くちばしで愛くるしく窓ガラスを突いている。その姿はまるで、私に何かを伝えようとしているように見えた。
 私は少し微笑むと、開けることの出来ない透明な窓の前に立った。

「ありがとう。わかってる。あの人が迎えに来るんでしょ?」

 その言葉に反応したように、烏は窓を突くのを止め、私の顔をじっと見つめた。 

 私は、記憶の中でこのアルビノの烏のことを知っていた。いつも、私とあの人をつないでくれるのが、この子だったからだ。名前をつけて呼んでいたこともあったかも知れない。さすがにそこまでは覚えていなかったけど、どの時代も常に、私達を導いてくれていたのは、この烏なのだ。

 あの人に手を引かれ、竹林を逃げ惑ったときも、風車が舞う縁日で、あの人と手を取り合って歩いたときも、戦火の中に私を助けに城の中まで飛び込んで来てくれたときも…。
 アルビノの烏は、私達にとってはその時代、その時代で、大切な道標で有り続けた。
 
 あの人が、間もなく迎えに来てくれる。
 そう思っただけで胸が苦しくなった。この時代のどこに生まれ、何をしているのかもわからない。
 それでも、どれだけ転生を繰り返しても変わらない想いがある。それは恋というには軽すぎて、愛と呼ぶにはおこがましい、永遠不滅の、魂の共鳴のようなものなんだと思う。

「キャロル、外出したいの。世界樹までの手配をお願い」

 私はペンダント型の人工知能にそうつぶやくと、かつての記憶をもう一度手繰り寄せる。それは、一度目の転生のときからの変わらない、何度も繰り返している、永遠の約束。

「いつかまた、この世界樹の下で、お会いしとうございます…」

そう言って泣いた私を強く抱きしめて、あの人は力強く言ってくれた。

「会おうぞ。何度生まれ変わろうとも。必ずまた、この世界樹の下で!」

 あれから幾年月が過ぎたのだろう?

私達の転生は6回を数え、世界は大きく姿を変えた。最初に生きた記憶は、さすがに私も曖昧になっていきてる。 

 それでも、私達は変わらず巡り合う。何度でも、何度でも、あの世界樹の下で。決して訪れないハッピーエンドだとしても、いつかその日が来ることを夢に見ながら…



[外出許可ヲ申請シマス。希望日時ヲ教エテクダサイ]

ペンダント型の人工知能であるキャロルが無機質に応じた。
私は一瞬迷い、一つ質問をする。

「ねぇ、キャロル。ここ数日のうちに世界樹観光を申請した人って、私以外にもいる?」

[イラッシャイマス]

「いるの!?ねぇ、その申請した人の認証番号と、世界樹訪問予定はわかる?同じにしたいんだけど…」

しばしの空白があり、またキャロルが無機質に答えた。

[該当日時ノ外出申請ハ、却下サレマシタ…ソノ方ノ認証番号ニアクセスデキマセン。]

なるほど、いつの時代でも、何かしらの理由があって、私たちは結ばれないように出来ていた。
この時代でも、その「何かしらの理由」が働いて、私たちが逢えないように邪魔が入るようになっているのだ。

私は軽く下唇を噛むと、自分の検索端末を取り出した。
こちらからは手動操作でポータブルにポリバレント・ネットにつなぐことが出来る。

しかし、コンピューターが制御する世界で、その出会いは簡単ではないようだった。
世界樹の近日中の訪問予定を検索しようとしたところで、警告のアラートが鳴り、通信が遮断されてしまったのだ。
焦りと不安が募る。

だが、仕方ない。
ひとまず世界樹までの外出申請は取れそうだ。
私はエラーが出る日時になるべく近い日程をキャロルに申請してもらった。

この世界でも、またこの運命と戦わなくてはならない。
どうあがいても、結局この世界は進み続けるんだ。
今日も、いまこの瞬間も。

止まっていたがっても自動的に終わりに向かって体と魂を運んでいく。
それなら、少しでも出来ることをした方がいい。
このままこのカプセルハウスの中で何もせずに朽ちて行くのだけはごめんだから。

さっきよりも少しだけ強く下唇を噛み締めた。
寂しいなんて陳腐な言葉でこの傷に名前をつけたくない。

なぜ、この時代に生まれ、生かされ、それでもまた引き裂かれているのか。
理由はわからない。
言葉にも出来ない。

でも、言葉でも感情でもなくて、魂でわかることもある。

理論や理屈を飛び越えて、本能で繋がっている感覚。
同じ色を同じ色だと感じ、同じ味を同じ味だと感じること。
あの人と私は、そうやって繋がってきたのだ。

そこに一つの疑いも持たないこと。
仮にそれが違っていたのだとしても、本人同士には真実であるということ。

わかるという言葉は軽薄で、理解するなんて言葉も当てはまらない。
強いて言うなら、魂として溶け合った、そんな感覚を私たちは共有している。
いつの時代になっても、変わらず。

外出許可が降たその日、私は初めて外界へと踏み出した。

プラスチックのような質感でコーティングされた道路。
無人の車やドローンが飛び交い、物資を運搬している。

巨大な繭のようなカプセルハウス群。
その奥に、抜けるように青い空が見えた。

向かうのは世界樹の下。
ここからはそう遠くはない。
自動運転のタクシーを捕まえると、キャロルをセンサーにかざして目的地を入力する。

タクシーは滑らかに走り始めた。
流れる景色をも飲めずしげに眺めながら、今、ようやく私の人生が始まった気がした。


つづく





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