AMBIVALENCE

2020/05/19 07:00


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はじめて駆り出された戦で、はじめて敵を斬り殺した時、二郎はこれまでになかった高揚感を感じていた。


鬨の声が鳴り響き、隣を馬が駆け抜けていく。

開け始めた空には、黒く大きな雲がかかり、太陽の光を遮り続けていた。


手に持った刀と、敵大将の首の重さだけが、やけにリアルに伝わり、それ以外の感覚が全て麻痺してしまったようだ。


真紅の甲冑を纏った大将が、馬の上から声をかけてきた。


「二郎!大将首だな!手柄だぞ!!」


だが、その武将の声すら届かないくらい、二郎は深い陶酔の中にいた。


大将を一人狙い撃ち、なんとか戦果を上げ、絶体絶命の窮地から、なんとかここまで逃げて来たのだ。

大きく肩で息をしながら、思考を切り替える。


まだだ、まだこんなもんで終われるか…

オレは、生きて帰るぞ。


雷鳴が轟き、大粒の雨があたりを覆う頃、「総員退避」の号令がかけられた。

敵兵の追撃を交わさないといけない。


二郎は再び、走り始めた。

大将首と一振りの刀は、死んでも手放さないと決めていた。


二郎、という名前が昔から嫌いだった。


長男の太郎の次に生まれたから仕方ないとは言え、自分をそう名乗るのにはいつも抵抗があった。

当然のように弟は三郎だったし、その下は四郎と呼ばれた。


自分を識別するための音が、単なる数字の羅列であることがたまらなく違和感だったのだ。


時は戦国と呼ばれる時代。

各国の名だたる武将が天下の覇権を争って凌ぎを削っていた。

長男は家と畑を守るために村に残り、次男から下はみな城に召抱えられる。

二郎が生まれた村でも例外はない。


二郎が生まれ故郷の城主に召し抱えられたのは10歳の頃だった。

召し抱えられたと言うと聞こえはいいが、実際は丁稚奉公だ。

掃除や水汲みの下働きをしながら、いつか呼ばれる戦場での出番を待つ日々。

それでも、何もない村で、何もせずに過ごすよりはマシだった。

チャンスがもらえる。

それだけが二郎にとっての唯一の希望だったのだ。


年々、各国の争いは激しさを増していった。

多くの若者が足軽として徴収され、戦場に散っていく。


もちろん、戦果をあげたら取り立てられる。

一攫千金の夢の対価に自分の命をかけて戦う時代なのだ。


自分の命には一銭の価値もないのに、その無価値な命をかけることで得られる、一攫千金の夢がある。

それこそが二郎が目指していたものだった。


どうすれば良いかなんかは知らなかった。

丁稚奉公の仲間内では、やれ誰が今回は死んだの、腕がなくなり村に返されただの、噂くらいにしか情報は入ってこない。

それでも、「戦さ場で手柄を立てたら出世が出来る」くらいのことはわかっていた。

要は、敵の偉い人を自分の手で殺せば良いのだ。

今、手に持っているクワを刀に持ち替えて、芋を掘り起こす要領で、敵の首に振り下ろせば良い。


先っぽが折れて廃棄されたクワを隠し持ち、毎夜抜け出しては我流で腕を磨いた。

闇雲に棒切れを振り回して3年もする頃には、その鋭さにも磨きがかかるようになった。


今の、なんでもない自分から逃げ出すためには、二郎にとって他に考えられる手がなかったのだ。


いつ、戦さ場に出ても大丈夫なように。

その思いだけが二郎を焦がし続けた。





つづく



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