2020/05/19 09:00

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二郎の初陣は、13歳になったその月だった。
突如呼ばれて足軽隊の一番下っ端に配属された。
一気に緊張感と高揚感が高まるのを感じたが、支給された申し訳程度の武具をみて、その思いは急速にしぼんでしまった。
胸当てとすね当てに加え、手渡された武器は竹槍だったのだ。
「こんなので戦うのか…」
使い古されて今にも折れそうな竹槍を見つめて、二郎は絶望に駆られた。
しかし、やるしかない。
今を変えるには、自ら戦う以外に手がないのは十分わかっている。
気持ちを切り替えて、竹槍を握り直した。
出陣は唐突だった。
城の裏手にある小高い丘に集められた二郎たち足軽勢は100名程度。
その100名にいきなり進行命令が下ったのはまだ夜明けにも届かない、暁七つの頃だった。
「全員、静かに移動する!」
小隊長が一声かけると、全員が速やかに移動に入った。
戦い慣れている人々に小突かれながら、二郎も懸命に隊を乱さないよう走った。
カチャカチャと、申し訳程度の武具が擦れて音が鳴る。
と、後ろから思いっきり頭を殴られた。
何をするんだ!と言い返そうとした瞬間に口を塞がれ、さらに頬に一撃を食らう。
「馬鹿かてめーは。今から夜襲をかけようって時に無様な音立ててるんじゃねーよ。その音ひとつで敵に気づかれてオレらが全滅したらどうするんだ?」
歳の頃だと18歳くらいだろうか。
明らかに13歳になったばかりの二郎に比べて先輩兵士だった。
「…すみません」
頭にはきたが、その先輩兵士の助言は至極正論だったので、二郎は黙って従った。
そう、これから命のやり取りをする戦場に突入するのだ。
経験不足は確実に不利になる。
二郎はそこからいっそうの観察と思考を深めていった。
半刻あまりも走り続け、ようやく小隊が前進を止めた。
月明かりがほとんどない暗闇の中で、小高い丘のてっぺんに、いくつもの軍旗が翻っている影だけが見える。
どこの国かも、どれだけの兵士がいるのかすらわからない。
小隊長の伝令が回ってきた。
「我々はこの後、敵陣の大将本陣に奇襲をかける。正面からの本体突入とは別に、裏から10名程度の選抜隊で大将首のみを狙う。選抜隊に志願する者は名乗り出ろ」
小隊がかすかにざわつくのがわかった。
さっきの先輩兵士が一人ごちるのが聞こえた。
「ふざけんじゃねぇ、10人の選抜隊なんて、失敗しても成功しても確実に死ぬ役じゃねぇか…」
なるほど、と二郎は理解した。
正面からの90名は言うなれば陽動隊なのだろう。
そこに主力があるように見せかけて、裏から10名の少人数で本陣奇襲をかける。
失敗はともかく、成功しても死ぬってのは、つまり大将首を取ったとしても脱出が不可能だということだろう。
では、それが生きて帰れるとしたら?
大将首を獲るなら、これはリスクではなく、チャンスだ。
静まり返った小隊の中で、二郎はそっと手を上げた。
「選抜隊に、志願します」
周囲の「若いの、何もわかってねーな」という視線を浴びながら、二郎は一人思った。
「何もわかってねーのは、あんたらだよ」